平成26年 16(木)17(金)18(土) 松山C長1年目 ●今年は川東で、東浜と松乃木の噂が先行していた。事前の懸命の働きかけにより初日午後の東浜の運行コースを変更する等の対策が講じられ、回避するものと思われた。ところが、東浜はバス通りを川東西部域に侵攻、対する松乃木も呼応し、宇高地内下原バス停付近で対戦してしまった。 ●多喜浜の太鼓台と高津の太鼓台の喧嘩はごく希である。過去に白浜と宇高の対戦があるだけだと思う。特に、澤津太鼓台と多喜浜の各太鼓台とは友好関係を維持しており、御花の相互贈呈をここ何年か続けているはずだ。 ●澤津太鼓台の分家筋に当たる松乃木太鼓台と多喜浜の太鼓台との喧嘩はなかなか考えられにくいのだが、何か原因があるのであろう。おかしな対戦になったものだ。更に、松乃木は未だ新営10年にも満たない新参太鼓、片や東浜は塩田で財を成し既に大正時代には今の大きさの太鼓台を保有していた多喜浜の雄である。 ●松乃木は処女戦、東浜も45年ぐらいの間喧嘩歴が無いので、何ともフレッシュ&オールドライクの対戦となった。題してカンケツ童子対決である。松乃木に経験値などなく喧嘩などようするのかと思ったが、何とか形にはなっている。しかし、とても勝てそうにはない。東浜もここ一発が打てない。双方に決定的な好機はあったと思うが、お互いモノには出来ず引いて終わった。この程度で済んでまあ良かったと思うが、わずかこれだけの所為のため実質2年間出場できないのはあまりにも勿体ない。 ●以上は後日のビデオ観戦記である。私は2日目以降の見物参加なので松乃木の姿は見ることが出来なかった。 ●中日には、国領川河川敷公園から見物参加であります。今年も良い天気だ。特に何事もなく進行したが、澤津が入場の際に本郷がこれを挑発した。浮島も東へ少し引いて場所を提供するようなポーズもしたが、澤津は完全無視して何事も無かったように入場しさらに放り上げまで決めてしまった。いいぞ澤津、情け無いぞ本郷、何か格が2段ぐらい違うような気がした。 ●今年の川東(西部)の見物はこれだけです。 ●この年は、川西が一種異様の年であった。前年、大江と中須賀の両太鼓台は海岸通りで喧嘩をしているので本来ならば出場停止又は自粛のところ、一宮神社建て替え神事?のため神社側からの要請で特別に出場するという。それも神事だけでなく全行程参加するも可という何とも大盤振る舞いである。こうなりゃ毎年何とか神事を行ってほしいものだ。 ●さて、普段は厳しい吉宗の大盤振る舞いも、中日工場前で大爆発する。西町が大武装の末、東町を攻撃し、布団締めや重そのものを損傷したのである。容赦ない攻撃を続ける西町に市民は落胆した。これでは終わらず、第2戦は昭和通りでのナイターになり、東町が雪辱を果たした。これも後日のビデオ観戦記である。 ●川東では、八旛神社統一行動に向かう途中に江ノ口交差点で、阿島太鼓台と松神子太鼓台が対峙した。両運営委の必死の回避策が奏功したかと思ったが、松神子は駅前方向から大回りをして喧嘩になった。ここで松神子はまたノコギリを出し、阿島の棒は切断された。喧嘩はノコだけではないが、ノコの部分は独り歩きし、松神子に市民はまた落胆した。 ●これにより八旛神社統一行動は中止され、川東西部のみの宮入りとなった。ここでも、退場中の宇高を本郷が追いかけまくり、市民は本郷に落胆した。
(天気表出典goo松山の過去の天気) (010823令和上梓) |